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「社会を変えるには」 小熊 英二 著  読書ノート

「社会を変えるには」 小熊 英二 著 読書ノート

「いま日本でおきていることがどういうことなのか、社会を変えるというはどういうことなのか。歴史的、社会構造的、あるいは思想的に考えてみようというのが、本書の全体の主旨です。」
・1965年 農林水産業の就業者数より製造業者数が多くなる。工業化社会へ
・1994年 製造業者数よりサービス業者数が多くなる。 ポスト工業化社会へ。
・ポスト工業化社会(今)とは、①情報技術の進歩でグローバル化  ②製造業は安価な海外の工場へ ③企画を立てる少数正社員と多数の短期非正規単純労働者(マックジョブ)になる。そして格差が増大する。 ④工業化時代の労働階級文化が成りたたくなり、労働組合と労働政党が弱くなる。そして福祉の切り下げがおきる。⑤年長者の正規雇用の維持が優先されることなどのため、若者の就職難に失業と非正規雇用が増加し、親元同居が長期化し、晩婚化し、少子化が進む。⑥親の格差が子供世代に再生産される。
⑦☆ GDPは上昇しても、雇用と家族は不安定になり、格差は増大する!
良い面 - ①働き方が良くも悪くも「自由」で「多様」になってくる。②良い商品が、安く提供される。例えばブランド品を発展途上国の工場に精密な図面データをメールで送信すれば、その通りの製品ができるようになった。多品種少量生産も情報技術や宅配の進展で安くなった。
◎ 「消費者でいるぶんには、とてもいい社会ともいえます。しかし生産者、労働者にはつらい社会です。どんどん価格を下げ、いいものを提供するため、賃金を切り下げ、非正規雇用に切り替え、(そうすると大企業の株価が上がるんです!高田記) 海外に発注し、市況を見ながら忙しく働くことになります。働かないで消費者でいられる人や、高収入を稼げるエリートはいいですが、それ以外の人たちは、安い賃金で働きながら安くていいもの買って、うさを晴らすしかありません。」
『日本型工業化社会』(1970年代から1980年代に築かれる)とは、 1973年の石油ショックのあと、日本企業はオートメーション化を進め、石油コストと人員削減に成功し、その製造業の高い生産性は他国を圧倒した。しかし人員削減は女性・地方・中小企業といった日本社会の『弱い輪』が負担をかぶったが、それに補助金や保護を加えて、『日本型工業化社会』が成立した。『弱い輪』の問題が露呈しなかったのは、日本社会の『中核』が、こうした『周辺』を支える社会構造(地方や中小企業、自営業や農業には、補助金がまわり、競争からの保護や規制がかけられる)が、作られたからです。
そして、1990年代『日本型工業化社会』は機能不全になっていく。1980年代後半に始まった『日米構造協議』をきっかけとして、多くの規制緩和と自由化がおこなわれた。例えば大規模小売店舗法の改正により駅前の商店街が『シャッター通り』になっていく…。経済の低迷にたいして、政府は公共事業を増やすことで対応するが、地方は公民館、大道路ができるも、過疎化は止まらず、なおさら公共事業に頼るようになった。「非正規雇用の増大などは、80年代からおきていたことです。しかし90年代半ばまでは大企業男性の雇用が安定していたのと、各種の規制や補助金、公共事業などで、その問題が覆い隠されていました。90年代の一連の規制緩和に続いて、2000年代に補助金や公共事業の削減が行われたところで、下支えを失って問題が一気に露呈し、それだけ変化が劇的に感じられたといえます。かつての日本社会では、多くの人は『どこか』に所属していました。会社、官庁、商店会、農協、町内会、学校、労組、家族、などなどです。日本型工業化社会はその全てに規制と保護と補助金のシステムをはりめぐらせ、その見返りとして政党への支持を集めてきたしくみだったともいえます。」 どこにも属すことができず、『自由』になったが…

工業化社会の象徴『原発』、原発を支えた補助金システム、田中角栄が作ったと言える電源三法のからくり。…「要するに原発は、経済成長している工業化社会の権威主義国家に向いています。さらに言えば、すでに核武装しているか、これから核武装したい国なら、採算を度外視しても積極的になるでしょう。」…原発は福島の事故前から、将来性がない状態になっていたのです。…経済的にみれば政策と投資の失敗から生じた一種の不良債権です。…廃棄物の貯蔵先がないのに何十基も原発を再稼動しても、いまの貯蔵先の残存容量を考えると10年も続きません。電力会社のほんの目先の経営に良くても。…原発は、日本社会の抱えている問題の、いわば象徴的な事例でした。雇用、教育、社会保障、経済、財政、政治、その他すべて、「昭和の日本」に築かれた日本型工業化社会の仕組みは、すでに限界にきていました。…中長期的には原発は、日本から消えていかざるを得ないと思います。」

「古代ギリシャでも、詩人というものは、神の意志と民衆の意志を『代表』するものだと考えられていました。だから政治家は、詩人を恐れます。」「『まつりごと』の場には音楽や演劇も欠かせません。音楽は、この世に見えないものを、この世に現す重要な方法でした。」
「人間は何か『自己を超えたもの』とつながっていないと、生きづらいものだということがわかります。…
自殺というのは、『社会の病気』が、個人の行動というかたちで現れたにすぎないということです。」
「ヨーロッパでは第1次大戦のほうが衝撃でした。科学と理性が発達した結果、行われたのが殺し合いだったことです。しかも、科学と技術の産物である機関銃と毒ガスの前には、人間の勇気も人徳も、まったく無力でした。」 「技術はそれを使う側の世界観や社会基盤の変化があってこそ、社会を変える要因になります」

「グローバル化やポスト工業化で人々が『自由』になり、選択可能性が増大すると、再帰性(ギデンスの概念)は飛躍的に増大します。不安定性は増し、人びとは『自由』になりながら未来の予測が立たず、他人を納得させられなくなってます。」 「放置しておいては、既存の『われわれ』が崩れていくばかりなので、新しい『われわれ』(ギデンスの言う《能動的信頼》の関係)を積極的に作らないといけない時代になったのです。…小さな単位で対話に参加できる仕組みをとり入れ、直接民主主義の活力で代議制を補完しないと、民主主義が持たなくなってきたからです。集会やデモもまた、直接民主主義の活力を社会に与えていく方法のひとつです。」 「近代日本でも、米騒動がおきた大正期や昭和初期、あるいは敗戦直後だったら、違っていたんでしょう。おとなしくしていれば政府や企業がなんとかしてくれるという感覚は、高度成長のあとに補助金がやたら出て、終身雇用が全盛だった時代に作られた感覚です。…『誰かが変えてくれる』という意識が、変わらない構造を生んでいるのです。…『おとなしくしていれば何とかしてもらえる』という考え方はよしましょう。」 「発想の転換が必要です。自国の歴史や他国の思想から、違った発想のしかたを知り、それによって従来の自分たちの発想の狭さを知る。そのあと、従来の発想をどう変えるか、どう維持するかを考える。」  ☆時代背景・ウネリを分析し、いままでの思想を洗いなおして、…ということですね。まとまりのない文章ですみません。24/10/26 記
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【山好き、旅好きの団塊世代日記】 当ブログは2007/1/29に運営開始いたしました!





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プロフィール

高田 学

Author:高田 学
少年時代は海と戯れ鎌倉育ち、故郷を離れ北海道で学業。その後東京にて工務店経営。
環境(省エネ)には特に詳しい。廃業後自由人。

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