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「経済学の犯罪」-稀少性の経済から過剰性の経済へ 佐伯 啓思 著  読書ノート

表紙帯より 「世界金融危機の真犯人  日本を代表する知性が、経済学の源流、貨幣の誕生まで遡り、危機の本質に迫る知的興奮の書!」
「政府部門の負債(国債)は、民間部門の資産になっているのだ・・・財政赤字は政府部門のバランス失調であるが、デフレや失業は一国の経済全体のバランスの失調だ・・」
長期のデフレ、雇用不安になった理由― ①日本は人口減少、高齢化・・将来の日本の市場が縮小し消費需要が伸びないと予測される→投資意欲の減退→有効需要の減少→デフレ圧力 ②1990年代初頭 『金融主導』による経済の不安定化→実体経済の悪化 ③市場経済のグローバル化→先進国は途上国の低賃金労働と競争→先進国の賃金水準の低下、物価の低下 というデフレ圧力
『構造改革』が長期停滞の原因
構造改革とは「経済に対する行政指導や規制があるから、成長が期待される効率的な分野に資本が回らず、既得権や政治力と結びついた非効率的な分野が保護されている。この既得権を打ち壊し、保護を撤廃し、自由競争を導入することで効率的分野に資金や人材が回り、経済全体の労働生産性を高めることができる。」 どこが間違ってるか? 
「デフレは、総需要を総供給が上回っているために生じている。・・・今はセイの法則「供給は需要を生み出す」はあてはまらない、・・構造改革はますます過剰な供給を生み出す一方で、需要を伸ばすことができなかった。その結果がデフレ経済である」そして「市場化すべきでなかった『生産要素』・・継続的に安定的に供給されねばならぬもの。生産要素の①労働力 ②資本、貨幣価値は大きく変動してはならない。 ③土地・自然資源 「どうして市場化困難な生産要素まで市場競争にさらしてしまったのだろうか?それは、生産物の市場においては、もはや十分な利益をあげることができなくなってしまったからだ。・・・かくて、グローバルな価格競争は、生産要素の市場化をもたらすこととなった。構造改革のなかで、『日本型経済システム』が徹底的に批判されたのもそのためである。・・『日本型経済システム』といわれるものの特徴は、実は生産要素を過度な市場競争から保護して、生産活動の安定性を確保するという点にあったのだ。」「過度の市場競争化が、その基盤である『社会』の安定性をほり崩すことで逆に自らの首を絞めることになる。『失われた20年』の最大の意味はそこにあった。・・・」
「そもそも経済発展の段階や経済構造が違う複数の国が経済を調和させることができるのであろうか。・・経済上のグローバリゼーションが引き起こす矛盾が、各国の政治を著しく不安定化するのだ。・・『グローバリゼーションの経済』と『民主主義の政治』はうまく整合しないのである。」
経済政策のトリレンマ(三者択一の窮地、ジレンマの上)
「今日、多くの先進国は軒並み景気の悪化に苦しめられている。ほぼゼロ金利の状態にあってこれ以上の金融緩和は難しい。いっそうの金融緩和はまたバブルをもたらすであろう。となればどうしても財政拡張に頼らざるを得ない。だがその結果は財政赤字となり、また投機資本に狙われることになる。それを回避しようとすれば緊縮財政や増税をとらざるを得ない。しかし緊縮財政政策や増税はさらに景気を悪化させるだろう。・・『景気回復』と『財政均衡』と『金融の安定』の間にはどうにもならないトリレンマが発生する」
―――
「その世界第一の外貨準備を背景にして中国はアメリカ国債を支えている。」
「リーマンショックで明らかなように、『市場』は最終的には『国家』によって支えられている。・・・『国家』は『市場迎合的政策』をとるほかない。」
「ジョージ・ソロスは、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ) のことを 『大量破壊兵器』だと述べた・・」
「金融市場の発展が『ブラックスワン』《だれもありえないと思っていること、まったく予期しえぬやり方で偶然に生起する》 を作り出したのである。金融市場の展開が予測不能な『不確実性』を生み出していった。そしてそれにもかかわらず、われわれは金融市場の展開こそは『リスク管理』を可能と信じたのである。」
「アメリカはグローバル化のもたらす先進国の傾向的な衰退を、・・『産業型成長モデル』から『金融型成長モデル』へと転換することであらたな成長メカニズムを開拓した・・世界からアメリカに流れ込んでくる借金による繁栄であった。政府も同様で、アメリカ国債は中国や日本をはじめ世界から資金を集める手段となっていた・・」
経済学の多様な学派があったにもかかわらず、「もっぱらシカゴ学派の市場競争中心主義だけが残った・・ 経済学の持つ『ヴィジョン』が見えなくなった。・・われわれはこの新たな世界的危機に対処できる経済学を持っていない。・・依然として市場原理主義的な思考がダラダラ続く・・」
経済についての二つの見方 ①『浮動性』を持った『貨幣』のグローバルな運動にこそ『富』の源泉を求めた重商主義やゾンバルトの資本主義 ②ある場所において勤勉な労働の合理的な編成によって『富』を生み出そうとするスミスやウェーバーの資本主義 この二つ対立している。」
ケインズの流動性選好理論― 「・・・金融機関さえも、企業へ貸し出すよりも金融市場でマネーゲームを行ったほうが利益を得られるのだ。・・余剰資金である『貯蓄』と、資金を必要とする『投資』を、より効率的で有効に結び付けようとする金融市場が発展すればするほど『投資』には資金が回らなくなる・・実体経済への『投資』ではなく、金融市場への『投機』へと資本が動くのだ。・・『投資』から『投機』への資金の流れができ、その結果として経済は不況に陥る。金融市場は活況を呈して株価は高騰するのだが、その間に実体経済は衰退するのである。
「人は不確定な将来に向けて現在の消費をいくぶんかは抑えるのである。いいかえれば、時間的に持続する経済では、人は生産可能なものすべて消費してしまうことはありえない。誰もここで人生を終えるわけにいかないのだ。ここに『過剰性』がうまれるのである。貨幣が過剰性を生み出してしまうのだ。そしてその結果として、実体経済(生産・流通)では失業が生じ、貧困が生じる。貨幣が一方で過剰性を、他方ではその結果としての貧困を生み出すのである。だが実際に 経済成長を続けてこれたのは、まずは絶え間ない技術革新(労働生産性向上)であった。」
「経済成長率の低下をもたらしているものは、技術革新の停滞による生産性の低下ではなく、消費需要が生産性の可能な増加ほどには、伸びない点にある。実際、欲望は決して飽和しないにしても、それがもたらす消費意欲が、潜在的な生産性の増大を吸収できるほどには伸びないのである。このような社会は、もはや成長を追及する社会ではないのだ。経済中心の価値から徐々に離脱し、人生の楽しみやもっと善い社会といった『善』を実現することに腐心すべき社会なのである。
「・・かくて本来は『禁欲』と『節約』の精神が支配するなかに、投機という純粋に利得目的の刹那的快楽主義が持ち込まれることになる。・・現代の金融市場とは、未開社会のように『過剰性』が蕩尽もされず、また成長へもまわらず、自己自身を持てあましている断末魔の姿といっても過言ではない。・・」
『脱成長主義』へ向けて―現代文明の転換の試み・・・「日本の活路を開く、か細い一本の道とは、『脱成長主義の社会』へ向けた社会像を構想し、その方向へ向けた『公共計画』を官民協調のもとで実現することだ。・・・いまわれわれが置かれているのは、真にわれわれの文化や生活に根ざし、歴史に掉さした『日本の価値』をもう一度取り戻すことであろう。さもなければ『善い社会』など構想のしょうもないだろう。
☆ 大雑把に言えば、現在のグローバル化した世界の経済のより良い処方箋は、経済人がすべて、清廉潔白ピューリタン的な人にならない限り、ありません、てなことですね。もっと絶望せよ! そこから道が開けるかもかな? 

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【山好き、旅好きの団塊世代日記】 当ブログは2007/1/29に運営開始いたしました!





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高田 学

Author:高田 学
少年時代は海と戯れ鎌倉育ち、故郷を離れ北海道で学業。その後東京にて工務店経営。
環境(省エネ)には特に詳しい。廃業後自由人。

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