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「宮沢賢治」存在の祭りの中へ 見田宗介 著 読書ノート

☆ この本により、異稿も掲載されてる賢治の詩集を買うことになりました。賢治は深い。
長詩『青森挽歌』の出だし、「こんなやみよののはらのなかをゆくときは/客車のまどはみんな水族館の窓になる/…りんごのなかをはしっている/…。銀河鉄道にもシンボリックに「りんご」がよく出て来る。りんごは「…存在の芯の秘密のありかに向って直進してゆく罪深い想像力を誘発しながら、そのことによって、とじられた球体の『裏』と『表』の、つまり内部と外部との反転することの可能な、四次元世界の模型のようなものとして手の中にある」「…ジョパンニが持っていた切符は・つまり時・空をこえるもの、人間の運命からの開放のメディアにほかならないからである」
「『銀河鉄道の夜』のはじめでジョパンニが、蟹のこうらだのとなかいの角の標本に固執するのは、それらが、ジョパンニの不在の父の存在のあかしであるからである。このことは賢治の作品における、《標本》の意味を象徴するかのようである。《標本》と、それと等価であるような《化石》や《足跡》や《透明な生き物》たちとは、なによりもまず(現在)存在しないものの存在の『あかし』」であり、…『銀河鉄道』が三次空間のかなたを行くこと、それが不完全であっても〈第四次〉の軌道を行くものであること…『春と修羅』の黙示録的な序詩もまたラストに 『…すべてこれらの命題は/心象や時間それ自身の性質として/第四次延長のなかで主張されます』で結ばれている。」四次元世界とはアインシュタインの相対性理論からきている。…このように〈存在しつづける過去〉を賢治は、私たちの世界の内部に〈透明に集積してゆく時間〉として心に描いた。それはあのりんごの孔が銀河系宇宙の孔として外部に反転するときのような仕方で、気圏のかなたに一切の過去を保存しながら、明るい地層を累積してゆく地質学、――遠心する地質学に他ならなかった。……けれどももちろん〈天空の地質学〉とは、過去が実在しつづけることの目にみえる比喩にすぎない。三次元空間の内部にひきもどされた心象のかたちにすぎない。
「賢治自身その生涯のうちで、幾度か熱にうかされたように上京を試みている。…賢治の時代に〈汽車に乗ること〉は、なお彼方への旅でありつづけるというその象徴価を喪わないままで、それゆえにそれはかえってその現実終着駅を喪って彷徨を開始していた。」『青森挽歌』より りんごのなかをはしっている/けれどもここはいったいどこの停車場だ。
「北へ行く汽車に乗ることが、とし子の存在のゆくへにすこしでも近づくことになどなりはしないということを、科学者賢治が一方で知らないはずはない。けれどもこの愚行を〈助走しつくす〉ということをとおしてはじめて、異の空間への離陸もまたありえたのだということを、詩人の非意識のもっとも大きな〈明晰〉は見ていたのだろうと思う。」『青森挽歌』『オホーツク挽歌』『樺太鉄道』等を書き、『銀河鉄道の夜』につながる。「『銀河鉄道の夜』の賢治はこの鉄道の軌条を転轍することによって、現実のような幻想である〈東京〉の閉空間から、幻想のような現実である〈宇宙〉の開空間へゆくてを解き放つ。」
宮沢賢治の現実の生がくりかえしそうであったと同じに、ジョパン二は天空の彼方に自己の解放を完結させることを選ばず、地上へ、人びとのなかへと戻る。
『業の花びら』の詩篇の詩の一部、……遠くで鷺がないている/夜どほし赤い眼を燃やして/つめたい沼に立ち通すのか…… 。「〈眼の赤い鷺〉は・あえていうならば宗教的に、そしてまた文学的に、普遍化され純粋化されつくした形象である。・そのイメージが迫力と自己展開力とをもつのは、必ず生きられた具体的な、ある個別な現実の中でその根をもつからである。そして〈眼の赤い鷺〉を支えるこのような生活史的な根とは、なによりもまず、賢治の〈家の業〉であり、その店先に現れては立ち去っていった貧しい農民たちの赤い眼であったはずである。」「賢治が衣類を質入れに来る農民やその子女たちといっしょに泣くとき、賢治の自我を矛盾として存立せしめることになる関係性とは、・また他方では、賢治自身の自我にとっては、その存在の基底を構成している相克に他ならなかった。」
「そして〈詩人〉とは、このような客観性を純化する濾過装置である」
「賢治の明晰の特質は、それが世界へとむけられているばかりでなく、さらに徹底して自己自身にも
向けられていることにあった。・自己をくりかえし矛盾として客観化すると同時に、この矛盾を痛みとして主体化する運動でもあった。このように自己を客観化し、かつ主体化するダイナミズムの帰結こそ、〈修羅〉の自意識に他ならなかった。」「・修羅の世界に堕ちるということは、客観的な墜落

ではなく、じつはひとつの認識である。それはひとつの偏在する自己欺瞞からの解放であり、自己自身の存在にまで透徹された明晰さである。」
「『春と修羅』の賢治にとってZYPRESSEN(糸杉のこと、ゴッホの絵のような)とは、いちめんのいちめんの諂曲模様(てんごくもよう、へつらう心)のうちに歯ぎしりゆききするこの修羅としてのおのれの生を、一気に焼き尽くし、否定し,昇華し、聖玻璃の空に向ってその意志をもってまっすぐにつきぬけてゆくあり方の具象化にほかならなかったはずである。」 ※聖玻璃とは清清しく麗しい情景
「焼身、という観念は、賢治の作品や実践の中に、じつにさまざまなヴァリエーションを生み落としながら、その生涯をつらぬいて詩人の心象世界の一隅にいつも光を放ちつづけた軸のひとつであった。…これらの〈死〉とは、わたしたちの存在の仕方を変革するためのひとつの浄化、存在のカタルシスともいうべきものの象徴に他ならなかった。…いずれにせよあの〈明晰な倫理〉-自己自身の存在なの罪にたいする仮借なき認識というものが、ニヒリズムの方でなく、もうひとつの生の方へとわたしたちをみちびくことがもしあるとすれば、それは自己消失・ということが、空無の闇を残すのではなく、あたらしい存在の光を点火する力をもつものであること、このような存在の転回ということをとおして、あの原罪の鎖を解く道を見出しうるときだけであることはあきらかである。」
「さそりは死んで宇宙の闇のほんの一隅を照らし出す光となった。それはひとつの生命の代償としてはあまりにも小さな効用であるかにみえる。けれどもさそりの火が照らしたのは、生命連鎖の世界の全景の意味の転回に他ならなかった。マジェランの星雲になったカムパネルラの死が照らし出したのもまた、この同じ意味の転回であったはずだ。」
「…詩人が、まさしくこの旅で求めてきたもの、…人間が他の生き物と別れる以前の合流点、〈万象同帰〉のその場所である。」「…それは賢治が、〈ひとつのせかいのゆめ〉をとりかこむあの夜のかなたに、あたらしくあかつきの薔薇色を感じ、〈自我〉にとっての闇であるものを、そらいっぱいの光の散光反射する空間として感覚することのできる、〈あたらしくさはやかな感官〉の存在することを信じていたからである。」
童話『いちょうの実』・『おきなぐさ』のなかの「〈死〉は、あの〈自己犠牲〉の暗さも息苦しさもなく、生命連環の恍惚のようなものだけがある。…ここにあるのは死のない世界、死のむこうにまで、いちめんに生の充溢した世界であるように思う。宮沢賢治がじぶんの身体を〈みのりに捨てる〉ことを願望し、そのようにその生涯を最後の日までを生きたのは、死に魅入られていたからではなく、このようにその身体のかなたにひろがる《いちめんの生に魅入られて》いたからだと思う。」
「ジョパン二は天気輪のある坂を駆け下りる…、賢治は・法華経から国柱会へ、農学校へ、地人協会へ、坂を下りつづけた。それは詩の断念でなく、〈詩のかなたの詩〉をうたうことに思想をかけたからである。…彼が推敲を重ねたはずの幾千枚かの肥料設計もまた彼の「作品」であった。〈詩のかなたの詩〉はまた、〈生活のかなたの生活〉にほかならなかった。」
『春と修羅』の最初の『屈折率』にからめて―「このでこぼこの道のほかには彼方などありはしないのだということをあきらかに知る。それは同時に、このでこぼこ道だけが彼方なのであり、・歩き続けることではじめて、その道程の刻みいちめんにマグノリアの花は咲くのだということでもある。」(童話『マグノリアの木』参照) 本章のラスト
補章のラスト 『これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。』(注文の多い料理店の序)、と記しているのは、・それは文化を超えてナショナリティを超えて、人間が動物たちや、木や石や虹や月あかりたちと直接に交わるところで、これらの気層と地層の彩なす現象の語ることばに、ただ心をすきとおらせて耳を傾け、刻(しる)されたことばにちがいないからだ。」
◎『銀河鉄道の夜』賢治の生き方・哲学の集大成で童話で表現したということか?

☆ 深く読み込まないと、こういう哲学的?見方はできないんでしょうね。あえて難しく考えているところもあるのでは? でも感服する宮沢賢治論ですね。もっと人間臭くても… 

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【山好き、旅好きの団塊世代日記】 当ブログは2007/1/29に運営開始いたしました!





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プロフィール

高田 学

Author:高田 学
少年時代は海と戯れ鎌倉育ち、故郷を離れ北海道で学業。その後東京にて工務店経営。
環境(省エネ)には特に詳しい。廃業後自由人。

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