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「西郷隆盛伝説」 佐高 信 著 読書ノート

☆誰でも、斜めに見る(批判する)、佐高さんの自分の郷里の庄内藩にやや重きをおいた西郷伝
・「明治維新前の薩摩藩と庄内藩は仇敵の間柄だった。…庄内藩がまとめた『南洲遺訓』
・南洲神社は四つある。本拠地の鹿児島、沖永良部島、都城、酒田
・遠く山形から西郷を慕って・18歳と20歳、西南戦争で命を散らせた・南洲墓地の入り口に
 《ぬれぎぬを/干そうともせず/子供らが/なすがまにまに/果てし/君かな》 勝海舟歌碑

・「西郷が祀られていない靖国神社」「西郷を衆院議長に擬した安岡正篤」「総理の座を蹴った伊東正義・西郷党」「『住友の西郷隆盛』=伊庭貞剛」
・「いくつもの可能性を追った当事者は悩んだのであり『そうした可能性の問題を無視して、現実化した歴史の流れだけを追うと、どうしても権力者の歴史の追従になってしまう』と語る色川大吉は、その感覚が欠けている司馬遼太郎の歴史小説には批判的である。…現実となったものを相対化して見せること、それこそが歴史小説の役目なのではないか」 司馬の西郷観は権力側? 歴史の見方…
・「奥羽23藩が同盟して官軍に当たることにした時、菅実秀はこう言った。そして庄内藩は『いも(薩摩)』や『ぼたもち(お萩=長州)』を恐れさせるほど奮闘したが、遂に『最後の帰順者』となった。」
・「福沢より過激な思想家の安東昌益は、耕さず貪り食う輩を『不耕貪食の徒』と称したが侍はその代表…
・「しかし、西郷から見れば、大久保らの豪奢な生活は苦々しい限りだった。大久保は4~50人の召使ぃを抱えて、かつての苦難など忘れ去っている。」☆そんな奴らと一緒に仕事ができるけぇーと釣り三昧の西郷?
・「『臥牛 菅実秀』によれば、大久保利通を中心とする政府の西郷への監視は異常なほどで…」
・「徳川幕府を支えた東北の雄藩でありながら、会津は悲惨の極を極めたのに、庄内はなぜ『無血開城』の結果を得たのか?その両極端の謎を解くのがこの本書の一つの眼目だった」

・「農民にとって明治維新はいわば《裏切られた革命》であって、支配の紋が『葵』(徳川)から『菊』(朝廷)に変わっただけだということを大衆小説家の長谷川伸が『相良総三とその同志』に詳述している」
・赤報隊・相良総三らに「御一新になれば『年貢半減』との知らせをかつぎまわらせ、利用するだけ利用して挙句の果ては《ニセ官軍》として相良らを処刑した官軍首脳の策謀について唖然とするばかりだが」
「西郷が相良総三らにしかけさせて江戸市中を荒し、その挑発に乗って庄内藩が三田の薩摩屋敷を焼き打ちにしたことを知って、西郷は大いに喜んだという」☆権謀術策がうまくいったことを喜んだ?
・「江戸無血開城を西郷と共に成功させた勝海舟は、明治14年・死後5周忌に次の漢詩を賦す。
 《惨憺たり丁丑の秋/思ひ回らせば一酸辛/屍は故山の土と化し/遺烈精神を見る》
 旧幕臣を統制して一兵も西郷軍に参加させなかった勝だが、西郷を愛することにおいては誰にも負けなかったのである。」
・「『仁義なき戦い』の脚本家笠原和夫は・『非情なまでの奸計』とは相良総三の悲劇を指すのか?笠原は西郷に『詩人のエゴイズム』を見る。…多くの漢詩をつくった西郷のある側面を言い当てているのかもしれない」

☆『非情なまでの奸計」にはめられた、相良総三を描いた『草莽 枯れ行く』北方謙三 著 を読みました。この世の義憤を感じます。

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【山好き、旅好きの団塊世代日記】 当ブログは2007/1/29に運営開始いたしました!





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プロフィール

高田 学

Author:高田 学
少年時代は海と戯れ鎌倉育ち、故郷を離れ北海道で学業。その後東京にて工務店経営。
環境(省エネ)には特に詳しい。廃業後自由人。

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② 時事問題での皆様への問題提起
③ 旅や山行での報告感想  
等で 皆様の役にたてたら良いなと思うブログを書いてまいります。

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