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「良寛」 水上 勉 著  読書ノート

◎(裏表紙より)寺僧の堕落を痛罵し、妻や弟子も持たず、法も説かず、破庵に独り乞食の生涯を果てた大愚良寛。その人間味豊かな真の宗教家の実像を凄まじい気魄で描き尽くした水上文学のエッセンス。
☆良寛さんが、実は死ぬまで、勉強し続けていたのは解りました。しかし、何故、乞食坊主にならずに、小さな畑と鶏を飼い自給自足の生活を試みなかったのだろうか? 乞食生活に哲学的意味があるのか? 托鉢は意味あることです!

・「…つまりこのように本山と末寺がこぞって権力追従の姿勢を張っていた。もっとも、当時寺に住む者はみな偽坊主で、真の求道者は寺を出るものだといった先輩はいた。室町期では一休宗純で、徳川初期では鈴木正三だった。…」
・「私は、父以南のこの没落と韜晦ぶりに、良寛の精神の根を見るのである。じつは、まもなくこの父のあとをついで、弱小の身で名主見習役をつとめねばならなくなった栄蔵(良寛)に、親と似た政治欲のない、一面は愚鈍とも思える橘屋の経営ぶりを見てしまうからだ。…18歳に至って、とつぜん、家業を捨てて、出家するのである。」
・「じっさいの寺院生活は、幕府の封建制下で苦しむ庶民の葬祭事業者にすぎない、これが現実だった。…とりわけて過去帳には、人別帳をあずかる寺院らしく、・死後をきわめて残酷に差別していた。…差別戒名…檀家経営上の差別伝授…昭和57年まで・・・」
・「自己見性のために只管打座、日々仏祖の道を励めと学道の者こそ貧なるべしと言い残した始祖道元の思想は、末寺では、絵空事だった。実生活は仏道と遠く離れた檀家の守り人だ。曹洞宗だけに限らない。臨済宗も、浄土宗も真宗も、同じように死後まで人間を差別してくらしたことが、・立証される。」
・1779年22歳の時「…自由なる仏道を乞食のむれに見出した先輩(ホウ居士、国仙)がいたことに、良寛は戦慄し、…葬式坊主になりさがるなど一蹴し、…禅の道をきわめ、始祖の道に近づきたいと願って、…備中玉島円通寺(師の国仙がいる)に行くことを、決意」
・「死を予知した師匠・国仙から、最下弟子の良寛に、一本の杖を与えて、『お前は他の弟子と少しちがっている。心が寛く、運まかせで、のんきなところがある。その素質を生かして、好きなようにこれから旅をつづけるがよい、』といわれ、この一本の杖だけは忘れるな、と諭された。……国仙の死後、良寛が、師の教えどおり、杖を手放さず、流浪にあけくれながら、経を読むよりも、詩作にはげんでいた・・・」
・「良寛は26歳で母秀子に死なれ、38歳で父以南を失った。以南は旅で脚気を病んだ果ての京桂川への入水。…歌にも詩にもならないほどの衝撃であった」ようです。
・「『良寛帰国の原因は、父の悲劇的な死、望郷の念などが考えられるが、修行を積んで得た自己に対する反省も原因の一つであろう。世の腐敗の奥深さを知れば知るほど、社会の中に踏み込むことが出来なくなったであろうし、一寺の住持たり得る世才もない身という意識も強くなったと思われる。余りにも純粋過ぎ、指導的能力に欠ける自己に見切りをつけて帰国を決意したと思われる。…権力闘争に明け暮れる宗教界に嫌気がさし、曹洞宗本来の只管打座、托鉢行脚、山中草庵独居の生涯修行にもどろうとして、・良寛は生涯修行の場を、厳しい冬を持つ郷里にもとめたのであろう。』・・・首座のままで、寺を捨て、放浪していたのであるから、直接の原因は、やはりつかみ難いのである。あらゆる条件が、もう故郷へ帰るしか道のない状態に良寛を押し込めていたと推察するしかない。だが私は、想像したくなる…一つは、越後は穀倉地帯でだったこと……二つ目は芽生えている文芸への野心だ。…漢詩は、大森子陽塾で、さらに、光照寺、円通寺での修行の寸暇を見て、研鑽した楽しみの一つだ。・・・静安隠遁への憧れが芽生えると同時に、奔出する詩魂をどうしようもなかった。……どこにいるより、故郷に帰ることだ。弟のほかに知人も多少はいる出雲崎の村はずれで、歌と詩をつくる乞食三昧に入りたい。」☆孤立無援でないんだ!知り合いが近いとこって甘えてんだ、幻滅。
・「仲珉医師は、和尚(良寛)の偉大さ、底知れない学識にすっかり魅せられてしまった」☆始て見る漢字の漢詩スゲエヨ!
・「乞食托鉢で、痩身ひとつを何とか生きのびさせ、歌と詩づくり三昧で日をおくろう。詩文に己れの境涯を彫り込んで果てよう、そういう覚悟だ。39歳での乞食生活の歩きだしは、このように考えてみるしか理解のしようがない。…世間どこをみても人は働いてているではないか。それにくらべて僧侶はろくに修行もせず、まことしやかな顔をして婆さんたちをたぶらかし、布施をうけて、徒食している。……、乞食放浪の男が、無所有、無私の境涯こそ最高の生活だと言外に説いてみせるゆるぎない顔を見せた。」
・「よけいなものをつけ加えないで、無碍にふるまう子供に、良寛は仏心を見たといってよい。そうでないと、あの尋常でない子供好きは解せぬし・・・寡黙に身を戒め、ひたすら、乞食と孤独に徹し、雀には米を投げてやったのだ。」☆カッコイイ
・良寛40歳、国上山の五合庵に住む、子陽塾で同門の原田鵠斎と交友。歌のやりとり。「他人の子と日なが遊んで、五合庵に帰って作歌三昧の良寛には、文字どおり、無所有の豊かさがある。」「無所有の醍醐味」
・「折りてこす一重の梅は香に匂ふ露のめぐみぞ袖にしみけり」 田沢有順、三輪佐市、大森求古、大村光枝らと交友
・「…良寛が乞食生活をつづけながら、詩歌にあそべたのは、近隣に友がいてこそのことのように思われてくる。…原田国斎もそうだけれど、みな文芸を理解したのである。文盲農民よりも、良寛には心の友であったわけで…乞食放浪は覚悟の上ながら、作詩作歌に骨身をけずった良寛の、もう一つの道も、ようやくそれなりにととのい・・・仕事としてのそれではない。気ままな文芸である。」
・「良寛の人格を尊び、思想のふかみと、宗教的生活に打たれ、また文芸上の啓発もうれしく、再々訪ねた素封家(阿部定珍)がいた。良寛がくち老ゆるまで生きてゆけた謎がとけてくる。」
・「乞食三昧の良寛は、ひまがあると学問していた。…只管打座の禅堂修行を捨てての脱化である。文芸にうき身を投げて尽す良寛の姿であって、もはや、ここには抹香くさい捨世僧たちの、物欲しげな念仏葬祭のなりわいなど消し飛んでいる。……雨雪の日は、外出も出来ぬから、ごろり横になって万葉集の読破だ。そうしてひもじさにたえねばならぬ。」
・「身を捨てて世をすくふ人も在すものを草の庵にひまもとむとは」
・「彼はいまそこで、骨身をけずっている。詩の一語一語に研ぎすました力が感じられ、和歌を、漢詩をつくる、それが辛労な修行ではなかったか。《この僧の心を問わば大空の風の便りにつくとこたへよ》・・・」
・「貞心尼が島崎の里に良寛を最初に訪れたのは、文政10年(1827年、良寛70歳、貞心尼30歳)の夏だといわれる。」
・「文章の張りに老いは感じられない。驚くべきはその語彙の豊富さである。・良寛の勉強ぶりは、いささかも衰えていない。貞心尼との贈答歌のたおやかさ、ことばのえらびとリズム、強烈な直感の詩編。毎日が文芸への精進精進である・・・」
・漢詩「我生何処来 去而何処之 独坐逢窓下 中略…不如容些子 隋縁且従容(ズイエンシバラクショウヨウ)」 「『隋縁且従容』は生死輪廻の根本を考える仏教教理そのままをことばにしたもの、・良寛の到達した悟境で……詩よりも従容たる実践。身にそれを現わすしかない。思弁も、教学もあるものか。接するのは、山であり川であり木であり花である。人間である。辻々に佇んで、実存する森羅万象に頭をたれ、物を乞うて生きだけのはなしだ。それしかない。
・貞心尼《生き死にの界(サカイ)はなれて住む身にも避らぬ別れのあるぞかなしき》 ともらすと、良寛は、・つぶやくように返した《うらをみせおもてをみせて散るもみぢ》 天保2年(1831年74歳)正月がきて、6日に由之が大雪をついて塩ねり坂をこえてやってきた。木村家の人々と貞心尼に看取られた良寛は、うっすらと眼をあけ、弟の顔を認めるのがやっとだった。…橘屋の栄蔵(良寛)は、最後を弟に看取られて死んだ、外ははげしい雪で、しきりに風が戸をたたいていた。

・あとがきよりラスト 「…和尚追跡の旅は、越後の海と山の風にふれ、孤独に我を振り返るしかないだろう。良寛はつまり、そういう存在なのである。」

☆勉強している真の識者には、人徳がシミ出てくるのですか? そしてそれなりの友人も、素封家も、あらわれる?
・挿絵、安野光雅の水墨画がとても気に入ました。
6年前、良寛ゆかりの地を各所、旅しました。托鉢に歩いただろう田んぼを2時間も歩いて、五合庵、日本海と良寛堂、墓と木村家、記念館、等々。 臨場感あふれて、この本を読むことができました。
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【山好き、旅好きの団塊世代日記】 当ブログは2007/1/29に運営開始いたしました!





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プロフィール

高田 学

Author:高田 学
少年時代は海と戯れ鎌倉育ち、故郷を離れ北海道で学業。その後東京にて工務店経営。
環境(省エネ)には特に詳しい。廃業後自由人。

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