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 「現代民主主義 思想と歴史」 権左武志 著  その⑴  読書ノート

◎帯より  『<独裁>の誘惑に政治家も大衆も屈した230年の近代史』
 裏表紙より「革命期のナポレオンやワイマール期のヒトラー。なぜ、民主主義は繰り返し独裁を生み出してしまうのか。シィエスの、トクヴィルの、ヴェーバーの蹉跌とは何か。・・『強き指導者』の誘惑に抗うための、渾身の民主主義思想史!
・はじめに「民主主義が前提する正常時の限界を、強力な指導者への権限委任により克服できると信じる『民主主義の逆説』と言えるだろう。民主主義の限界を論じる思想家は、プラトンの哲人統治者論からマックス・ヴ゛ェバーの指導者民主主義論まで、西欧政治思想の歴史にも広く見られた。」
・「フランス革命後の欧州で見られた現代民主主義の思想は、民主主義の様々な運動や制度へ発展する可能性を秘めた宝庫であり、今日改めて振り返る価値がある」
・「どんな条件の下で、民主主義はナショナリズム運動と結びつき、相互作用を及ぼし、危機を高めるのだろうか。」
・「民主主義とは何だろうか、実は一致した回答を見出すのがこれほど困難な問いはない。」
・著者の立場 「第1、民主主義を永久革命のユートピア的目標と見ない・・・第2に、民主主義のパラドックスを、民主主義の質が劣化する現象と見る立場でない。・・第3に、民主主義の逆説現象を『ポピュリズム』の概念で説明しようとしない。」 「ナショナリズムは、民主主義し同じく、任意の思想内容と結びつくのだ」
・「フランス革命に即して言えば、民主主義の思想とは、フランス啓蒙の思想家ルソーが古代共和主義の理念を取り入れ、社会契約説により根拠づけた人民主権の理論に由来する。」
・「第1次大戦末期のドイツやロシアで見られた民主主義革命は、敗戦国のナショナリズムを高め、ナチスやボリシェェヴィキの一党独裁を経て、ヒトラーやスターリンの個人独裁に行き着いた。冷戦終結後の見られた民主主義運動は、東欧・バルカ諸国でナショナル運動を高め、最初の難民危機を生んだばかりか、やがてロシアの個人崇拝を招いた。
・「民主主義とは、狭い意味では、古代ギリシャのポリスに見られるように、立法・行政・司法の全てに民衆が直接参加する統治形態を指す。」
・「同、広い意味では、絶対王政に代わったフランス共和国や、英国の植民地から独立した合衆国に当てはまる。民衆が自ら選んだ代表者を通じて憲法を制定し、立法に関与する・・体制。 人民主権を根拠づけた啓蒙思想家ルソーは、ホッブスやJ・ロックから社会契約説を継承し、公共利益を重視する古代共和主義の理念と結びつけ・・彼の民主主義思想は、中世以来の伝統的政治社会を解体し、政治社会を再編成する原理として作用した。」
・「ホッブスからルソーに至る社会契約説は、いずれも自由で平等な個人からなる≪自然状態≫を最初に想定する」
・☆大きな目で見ると、「フランス革命は旧体制の中央集権化を受け継いだように、ルソーの人民主権論は絶対主義の君主主権と連続しているのだ。」
・「ルソーは、主権者が立法するには、人民の統一的意志を前提する必要があると考え、人民全体の共通利益を追求する意志を≪一般意志≫と呼んで、『万人の意志』からも区別する。・・・そこで、人民の判断を啓蒙し、知性を意志に一致させるため、法を起草する『立法者』が要請される。・・立法者による立法の目標は、自由と平等という自然法であり・・。知性ある立法者と意志ある主権者が一体化すれば共和国が完成すると考えるのは、哲人統治者を待望する≪プラトンの呪縛≫だと言える。☆格調高いねぇー
・≪ルソー、シィエス思想の帰結―革命独裁と近代ナショナリズム≫・・山岳派のロベスピエールは、特殊利害を克服した無私の態度を≪徳≫と呼んで称賛したが、・・そこで徳の支配する体制は、偽善に対する絶えざる闘争と自己粛清を要求するテロルの支配へと転じ、1794年7/24に集結するまで4万人近い革命家を処刑する結果となった。・・祖国愛を共和国に奉仕する徳と同一視して、王朝的祖国観念を国民的祖国観念へと転換させた。
 ルソーの人民主権論が対外的に向けられて愛国心と結合した時、近代ナショナリズムの思想が初めて誕生したと言える。」
・「マルセイユ義勇兵・国歌・徴兵制・・革命を防衛する戦争は、領土を拡張する侵略戦争へと移行し、誕生したばかりの革命的ナショナリズムの暴走も始まった。・・・ナポレオンは人民投票を経て皇帝へ、・こうして軍人独裁の道が開かれて、フランス革命は閉幕した。」
・「シィエスは、山岳派の恐怖政治をルソー思想の帰結と見なし、・・
・≪1790年代カントとフランス革命≫―「カントによれば、国家を創設する根源的契約は、人間としての自由、臣民としての平等、市民としての独立というアプリオリな原理を前提する。・・フランス革命の理念を擁護・・」 
・≪1790年代フィヒテとフランス革命≫―「フィヒテにとり、カントとルソーの自由を実現した成果こそフランス革命である。・・しかし、フィヒテは、ナポレオン帝政とフランス軍の侵攻という政治情勢の急展開を体験し、その立場を大きく変えていく。…『ドイツ国民に告ぐ』を書く。祖国愛・・☆保守に転向です。
・「ヘーゲルは、・フランス革命がナポレオン帝国を創立して終結した自分の時代体験を『ミネルヴアの梟』として認識しようとした。」 (知恵の女神ミネルヴアの従える梟に高所よりその時代を見させる)
・≪フランス革命後の民主主義の課題⑴―個人の自由・独立の擁護⇒ 民主主義の制度論≫ 「大きな共和国の可能性への問には ①英国の立憲君主制をモデルとして議会制民主主義の構想。ミルとパジョットだった。 ②米国合衆国をモデル、党派の弊害を抑制できる・・視野の広い賢明な代表者が世論を表明し・・国家連合と統一政府を混合した第3の連邦制であり、・連邦共和国と呼ばれる。こうした米国型連邦共和国の構想は、1830年代に合衆国を訪れたフランス貴族トクヴイルに継承される。」
・≪トクヴイルの民主主義論 デモクラシーの新たな政治学≫ トクヴイル、1805~1859、フランス貴族の子
ルソーら啓蒙思想家の読書体験を通じ、出身階層に対する懐疑の精神に目覚める。…『アメリカのデモクラシー』を書き名声を得る。「では、平等に向かう民主革命は、機会の平等という利点以外に、どんな害悪をもたらすのか、…平等の心理学を鋭く分析するトクヴイルは、平等の情念が自由の精神を危うくする危険を指摘し、自由の精神に支えられないデモクラシーは、万人の隷属の平等―後の『民主的専制』―に陥ってしまうと警告する。」
・「ルソーは、人民投票の結果、自分の意見が少数派だったなら、自分が誤っており、自由でなかったと証明されると述べ、多数派の意見こそ一般意志の正しい表明だとみなした・・ジャコバン派による少数派抑圧を正当化した『自由への強制』の論理だった。トクヴイルは、多数派の権力濫用が、少数派を敵視し抑圧するばかりか、同調主義と追従主義を蔓延させ、精神の自由を喪失させると述べその害悪を指摘する」
・「平等化が進行すれば、誰もが自由より平等を熱烈に愛する余り、自由を手放し、隷属の中の平等を求めやすい。・・こうした平等の弊害を克服するには、個人的自由に安住することなく、地方自治の習慣や結社の自由により、政治的自由を積極的に行使する必要があるという。トクヴイルは、政治的自由の行使を怠るならば、『民主的専制』と呼ばれる新たな種類の専制が、デモクラシーを脅かすと警告する。・・デモクラシーの欠陥と見て、社会の権力に限界を付し、個人の権利を保障する必要こそ、立法者が追求すべき第1の目的だと説く。・・英国の自由主義者J.Sミルにより受け継がれる。」
・「19世紀の英国は、3度の選挙法改正により、本来は貴族政の道具だった議会を民主政の道具へと改修し・・」
・「英国で議会制の民主化を推し進める運動の原動力となったのは、『最大多数の最大幸福』を立法目標に掲げ、一人一票の普通選挙を主張するJ・ベンサムの功利主義思想だった。」
・「ミルの『自由論』は、デモクラシーに対し個人の自由を一貫して擁護しようとした自由主義の古典である。
・ミル「・・『世論の暴政』と呼ばれるが、生活の細部まで食い込み、個人の魂まで奴隷にするから、国王の暴政より恐ろしいという。そこで人民に責任を取る民主政府でも、権力を一定の仕方で制限し、「個人の自由と独立を守る必要がある。」 「思想・討論の自由と行動の自由を特定の価値により根拠づけて、自分の意見を公表し、意見に従い行為する自由を擁護する。①多数者が誤りうるという無謬性 ②少数者の意見を出来る限り尊重する必要 ③多数者と少数者のことなる意見は、『対立物を和解し結合させる』ことでいずれは融合しうる。・・真理価値に基づいて思想と討論の自由、知性の自由を根拠づけて、多数派が常に正しいというルソーの誤った民主主義観を克服しようとする」 「個性の自発的発展には、行為者の幸福を超えた普遍的価値があるというミルの思想」
・「ミルは、至る所で『慣習の専制』が自由の精神に敵対し、・・」 「ミルは・知的貴族をいかに代表者として選抜し、世論を指導する任務を託するかに一貫した関心を払っている。民主政には優れた人物を選ぶ能力も意欲もないというトクヴイルの普通選挙批判を真剣に受け取るならば・・、ミルの知性主義的前提は、その後の大衆民主化の時代に大きな挑戦を受けることになる。」
・ウォルター・パジョットの議会制民主主義論― 「英国国制を、立法部と行政部が一体化した単一主権政府と特徴づけながら、全体として内閣と下院、上院の間で抑制・均衡の相互作用が働く点を重視していると言える」
・≪ナショナリズムの類型その1≫ フランス革命の産物として生じた内発的ナショナリズム。・・ナポレオンにより、簒奪権力を正当化する対内的手段として転用された。1803以後のナポレオン戦争では、一国の対外発展と領土拡張という新たな目標を目指すようになる」
・その2 「外国征服の産物として生じた外発的ナショナリズム。フィヒテは、・・民族固有の価値を認める歴史主義で根拠づけた。」
・近代ナショナリズムの歴史的役割 ①共和主義者の革命運動と結びつき、・・旧帝国解体作用である
 ②自由主義者の統一運動と結びつき、・・国民国家形成作用。 ③1880年代から帝国主義政策と結合し、・・新帝国建設作用。  「英国のE・Hカーが、欧州ナショナリズムの発展法則を一般化し、『ナショナリズムは、国民の統一と独立という最初の目標を達成した後、ほぼ自動的に帝国主義に発展する』と言い表した。・・
・「19世紀半ばに、イタリアやドイツの統一運動が進展するに従い、住民の意志を問う手段として、『人民投票』が再び注目され、大きな役割を演じるようになる。」
・≪民族自決権の起源≫ ハンガリー独立運動家・Lコシュートが1851年11月、『自己自身を決定するあらゆる国民の主権的権利』を語り『あらゆる国民のの独立』を擁護したのが、起源。
・ドイツ哲学史家・E・ツェラー、アルザス=ロレーヌ併合を次のように正当化する、『領土の一部が他の国家に割譲される場合、割譲の対象は、そこに住む住民でなく、その「領邦高権」であり、領邦高権の担い手は国家全体だから、領邦高権は、住民の同意がなくても、征服ないし条約で移行できる。』☆理解できません。
・≪民族自決権の発展(☆?)≫ 「続いて、民族自決権の用語は、その後の社会民主主義者の論争を通じて発展していく。」・「・・民族問題を解決して多民族国家を維持する方法に関心・・」 カウツキー、レーニン、云云かんぬん
・「1917年11月ポルシェヴィキが権力を奪取して以来、民族自決の概念は、少数革命家のユートビア的要請にとどまらず、欧州内外の他民族帝国と植民地帝国を根底から揺るがす爆発力あるスローガンに転化していくのだ。」
 
他日に続く、
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こんにちは!

【山好き、旅好きの団塊世代日記】 当ブログは2007/1/29に運営開始いたしました!





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プロフィール

高田 学

Author:高田 学
少年時代は海と戯れ鎌倉育ち、故郷を離れ北海道で学業。その後東京にて工務店経営。
環境(省エネ)には特に詳しい。廃業後自由人。

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等で 皆様の役にたてたら良いなと思うブログを書いてまいります。

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