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「丸山真男の敗北」 伊東祐吏 著  読書ノート

◎はじめにより 「丸山真男は、戦後日本を代表する思想家・・戦前の日本をいかにとらえて清算し、戦後という時代をどう生きるか。―その課題に果敢に挑んだ彼の生き様と思想を、・・知り、戦後日本を知る・・」
・著者の考え、「丸山真男は、≪戦争に負けた≫のではなく、≪戦後に負けた≫のではないか?つまり、彼は敗戦を機に、過去を乗り越える思想を生み出したが、結果的には、戦後という時代に立ち向かうことが出来ず、思想的に敗北したのではないか・・」 ☆私は、丸山教徒ではありませんが、すっきりしませんが、その論に。
・少年時代の葛藤 「・・・その場の空気に押されて何も言い出せずにいた。・・いざというときノーと言えない人間だ、と痛切に感じ、言い出せなかったことが深い心の傷になった、と語っている。・・丸山は正しい考えを持つだけでなく、実際に行動に移して衝突することを重要視するようになり、そのための覚悟を育てていった」
・「丸山自身は、日本思想史研究(荻生徂徠、本居宣長)を≪本店≫、政治学者としての研究を≪夜店≫と称する」
・「『日本思想史研究』で丸山が示した解釈とは、儒教思想の内部から徂徠学が登場し、近代的な思惟様式が成長した、というものである。」 
・「・・丸山は、イデオロギー的な斉一化を要請する≪近代の超克≫論に抵抗すべく、そこでスケープゴートにされる≪近代≫を擁護する必要を感じ・・、」
・「福沢諭吉が『一身独立して一国独立す』という言葉で示したような、主体的自由を持った国民の秩序への能動的参与は、明治時代の課題であったと同時に、現代の課題でもある。・」
・敗戦8/16に参謀への回答 「君主制は共和制と対立する概念で、政治形態を民主主義的なものに変えることは、必ずしも天皇をどうしようということじゃないから、安心してほしい・・」 が、終戦直後の思想的格闘あり・・
・終戦直後の丸山のノート 『雷同的、貝殻投票的デモクラシー(村八分的)』『現代日本はデモクラシーが至上命令として教典化される危険が』 講義の草稿『我々は今日、外国によって≪自由≫をあてがわれ強制された。しかしあてがわれた自由、強制された自由とは実は本質的な矛盾―・・真の自由を獲得すべく、所与として自由を内面的な自由に高めるべく、血みどろの努力 を続けなければならないのである。』
・『私はこれまでも私の学問的関心の最も切実な対象―日本における近代的思惟の成熟過程の究明、・・変化なし』
・ポツダム宣言受諾、「これを日本が国民主権を受諾したことを意味すると解し、日本政府も天皇もなしえない≪革命≫と捉える、『8月革命説』 国家の根本は完全に変更された。丸山の「8月革命説」の発見。とともに自身における民主主義革命を果たし、その誕生のエネルギーによって『超国家主義の論理と心理』を執筆した。
・個人と国家の関係― 「丸山の『デモクラシーとナショナリズムの結合』の主張がもっとも顕著にあらわれているのは、1947年2月の『陸羯南―人と思想』である。 『一身独立して、一国独立す』 の考え。
・「明治維新以来の日本が完全には成し遂げられていない『近代化』とそこでの精神的な変革を達成すべく、このような論文を書いている。」
・「丸山の主体性論は、『精神の変革』の必要性を説くにとどまらず、その変革を推進して理想へと向かっていく活力としての『やる気エネルギー』(☆エートス)を問題にしている。」 ☆子供じみてない?
・1950年朝鮮戦争の頃、 平和問題懇談会・『三たび平和について』 「この声明で丸山は、核の時代となった今、戦争は手段としての意味を失っており、戦争反対の理想主義的立場こそがむしろ現実的である、と主張する
・「日本に由来する主体的 なエネルギーの不足の原因として、丸山が想定するのは、日本がアジアで唯一、ナショナリズムについての処女性を失っているということである。・・日本だけは西洋文明の精神と科学技術を切り離し、後者だけを移入する使い分け(=和魂洋才)によって、列強と肩を並べるほどに発展した。・・上から効率的に創り出されたナショナリズムは、やがて奇形化してウルトラナショナリズムとなり、日本は惨憺たる結末を経験する」
・「丸山の標的は人々の思考様式の固定化に向けられており、その根源を探ろうとする限り、日本思想史へと行き着くのは、必然だった」
・「スターリン批判では、マルクス主義者に見られる思考様式の固定化、・・≪進歩≫側の硬直を問題視・・」
・「丸山が指摘するのは、思想のアクセサリー化(思想が流行するだけで機能しない事)とアレルギー反応(思想をすべて危険思想とみなす拒否反応)である。その原因を明治国家が設定した正統性である『国体』が空気のように見えない雰囲気として思想的強制力を持ったことに求める。これにより『変なマネはするな』という消極的な黙従が生まれ、自分の頭で考えて行動しよう としない状況に至るという。」
・「西欧の哲学や思想を、構造としてではなく、使い勝手がいいように部品として移入する」
・「日本における思想の基軸の欠如は、『理論信仰』と『実感信仰』と言うべき、『制度の物心化』と『心情への没入』を招く。・・このことが自覚されるとき、私たちはこの病弊から自由になれるのだ。 今こそわれわれは、思想的混迷を変革し、思想的雑居性を『雑種』にまで高めるために、強靭な自己制御力を持った主体を生み出すべきである。」 「・・いわば≪知ることによって変革する≫日本思想史だと言えよう。」 ☆雑種は強いのです。
・1951年『日本におけるナショナリズム』 端的にいえば、なぜ日本国民は民主主義的な社会を構築していくだけの主体性や自発性がないのか、を考察したものといえる。」
・1964~67年講義録 『古層論』⇒『儒教の移入』⇒『仏教の移入』⇒『武士のエートス論』⇒『キリスト教の移入』⇒『朱子学の移入』⇒『国学』となるが、そのたびごとの『開国』。そして丸山は『開国』という事態に対応する主体性(その気概やエネルギー)や、普遍的な思想の根づきに注目する。(正統性を持つ雑種として成立するか?)
・1971年、「歴史意識の『古層』」 ≪つぎつぎとなりゆくいきほい≫の論・・・☆こじつけっぽい論です。古事記、日本書紀より日本の歴史意識の『古層』を探り・・
・「『開国』という問題を扱うのであれば、丸山のように、日本は外来の原理的・普遍的な思想を自分のものにできなかった、と片付けてしまうのではなく、・・・それらと一線を画すのが山本七平の『現人神の創作者たち』1983年、である。浅見絅斎の『靖献遺言』-人々の危機感を結集する看板のような役割を果たし、明治維新を招来する力となるのである。・・・思想史という学問は、思想の意義や価値を吟味するばかりでなく、思想の用途や役割を読み解いていくべきだと私は考える」 ☆異論がありそうな・・
・「徂徠と宣長が≪原日本≫という幻想を発生させ・・ その呪縛から抜け出していないのである。・・
・『古層』論 再考=執拗低音の意味 日本の思想の特徴・丸山の三つの表現 「原型」⇒「古層」⇒「執拗低音」
・「日本の思想に≪執拗低音≫という表現、そのひとつは、日本には思想がない 、明確な体系があるのが思想だ。『日本的な特徴』を指摘しつつも、思想と呼ぶべきものがないことを示す二段構えの主張には、≪執拗低音≫という表現が最適であった。もうひとつは、日本特殊論への警戒である。丸山は土着的な思考様式が日本人の主体性を妨げていると考え、それを自覚して克服するために、日本的な特徴を示す必要があった。・・特殊性を喧伝する日本精神論の前傾姿勢に対し、丸山はそれを単に≪執拗低音≫として指摘するという冷めた物腰で応じる。日本の思想の特徴を≪冷却≫したかたちで示すことにあったと私は考える。」
・「養老孟司も同書(『無思想の発見』2005年)で挙げているが、山本七平はこの『無思想の思想』を『日本教』と呼んで、日本人にはあたりまえ過ぎて意識されづらい価値観や行動規範を言語化しようと努めた。・・丸山のみならず日本思想史という学問は、日本の思想における『無思想の思想』、『ゼロの思想』としての面を完全に見過ごしていると言えよう。」
・『丸山真男の哲学』を支えているのは何か。・・「日本の戦後思想には、彼らと共に戦って亡くなった死者たちがつきまとっている。・・・丸山が高校2年のとき、友人(自由主義者・河相栄次郎の信奉者)が゜検挙され、精神を病み亡くなった。また、19歳、1933年、唯物論研究会の講演会に出席して、特高に逮捕監禁され、涙す。
・戦後知識人たちは、「格別に強い使命感をもって、日本の再建と民主主義の啓蒙という課題・・、敗戦直後の知識人たちの連帯感を『悔恨共同体』と名付けている。このとき、彼らに自己批判と再出発の決意を迫ったのは、死者の存在であると言って間違いなかろう。」
・「焦土のなかで悔恨や恥辱を原動力として、・『焼跡民主主義』『飢餓デモクラシー』こそが、戦後民主主義の原点であった。 ・・裏を返せば、それらが希薄になるほど、戦後民主主義は本来の姿を失っていく。・・人々の胃袋が満たされ、感心が経済や私生活へとシフトすると、戦後民主主義はまるで生命を抜き取られたかのように剥製化し、‥」 しかし丸山は豪語する、『大日本帝国の≪実在≫よりも戦後民主主義の≪虚妄≫に賭ける』
・1996年7月9日、大塚久雄への口述筆記の追悼文、が丸山の絶筆。 「・・戦後民主主義者ひとりひとりの弔いであるとともに、もはや生命力を失ったに等しい戦後民主主義 の弔いでもあった。・・要するに丸山は戦後民主主義の生みの親であり、喪主でもあったわけである。」 そして同年8/15に死者たちに迎えられた。
・「軍事占領下に民主主義が樹立し、成長したように見えるとすれば、それは間違いなく『虚妄』だと大熊信行は言う。(1970年『日本の虚妄』) 
・「実は権威に弱く、そのくせ他方で学生や労働者の運動を非難したがる、吉本隆明いわく、安保闘争で丸山らの擬制民主主義は完全に馬脚をあわわし、終焉を迎えたのである。」
・「戦後日本に、どこかウソくさい言語空間に閉じ込められたような息苦しさがある・・」 ☆以下あげる
・「保守派・安倍晋三が戦後レジームや自虐史観からの脱却を掲げ、・日本人の誇りをとりもどすべきだと主張している。しかし口ではアメリカとの対等を言うものの、日米地位協定や米軍基地を撤廃しようとはしない。」
・「保守派と革新派は互いを批判しながら理念やプライドを掲げ、戦後日本が自ら理念やプライドを捨てたこと(米軍占領下のまま) から目をそむける。
・「江藤淳が言うように、米軍を退去させない限り、戦後は終わらず、≪ごっこ≫も終わらない。」
・豊下楢彦、孫崎享、白井聡、加藤典明らに、言及・・・、批判?
・「誤解のないように、・私は理念やプライドを捨てたこと自体を戦後日本の≪敗北≫と考えるわけではない。その事実を受け入れられないこと が≪敗北≫なのだ。むしろ私たちが理念やプライドを二の次として、豊かさを第一に考えたことは、戦後日本が誇るべき腰の重さ(生活者としての不純な)であり、それこそが戦後日本の真価であろう。理念やプライドを大事にしてこなかったというよりも、それらに興奮しすぎないことを戦争で学んだのである。」 ☆色々突っ込みを入れたくなる論です。
・あとがきより-「・・戦後日本の歩みが民主主義や自由を獲得した≪解放≫と≪独立≫の歴史であるとともに、アメリカへの≪従属≫の歴史であることは明らかであり、・・私たち自身が民主主義や自由や独立をおろそかにして豊かさを選んだという事実から目をそむけてきた。」 ☆それなりの知識人は決して、少なくとも私は決して目をそむけていません!
・「丸山真男の戦いを知るとともに、丸山の敗北を知ること。それが、現在の私たちの戦後を生きる為の第一歩」
 (☆言い過ぎと違いますか? インテリ嫌いには、納得できんでしょうきっと。 )
☆この人・著者の後半の考え・論考、少しガサツに感じます。この人の本『戦後論―日本人に戦争をした≪当事者意識』はあるのか』は、新鮮であったが。
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こんにちは!

【山好き、旅好きの団塊世代日記】 当ブログは2007/1/29に運営開始いたしました!





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プロフィール

高田 学

Author:高田 学
少年時代は海と戯れ鎌倉育ち、故郷を離れ北海道で学業。その後東京にて工務店経営。
環境(省エネ)には特に詳しい。廃業後自由人。

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