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「羊の歌」「続羊の歌」-わが回想  加藤周一 著 読書ノート

34年前に読んだ本の再読です。
ものごころが付いた頃からの自伝回想記、中学行き、多感に小説を読み、受験勉強し、駒場・本郷と大学に行き、あらゆる文学、美術、音楽、そして思想に造詣が深くなるも、親が医者であったからか? 医者になり、東京大空襲時には、インターン医者として東大病院にて多くの被災者を診る。白洲次郎と同じように、12/8日の開戦時に、東京の廃墟を予想する。原爆投下後の広島に血液学の医者として、占領軍医療グループとともに入る。親友もこのいくさでなくす。
世の動きの中で自分の思想・フィロソフィーがいかに形造られたかの整理のための回想記ということか?      以下本文より抜粋
祖父の放蕩を見て、加藤周一の恋愛感「・・私自身がひとりの女の眼のなかにすべてをみ、その一刻が世界の全体よりも貴重だと思われるような瞬間を、経験した後のことである。・・・」   「父は言った『おれが偉くても偉くなくても、美濃部説を攻撃している連中が、低能だということに変わりはないだろう。・・役にも立たぬ注射をしてもうけるやつは、医者ではない。ビタミン欠乏の症状のない患者に、ビタミン注射をするのは一種の詐欺だ』・・そもそも低能な人間が多く、詐欺が成功する世界でなければ、わずか5年か10年のうちに一変するような理想や目的のために、何十万の青年を戦場にひき出し、何百万の国民を熱狂させるあの戦争という事業は、なりたたなかったはずだろう。」   二・二六事件について「『天皇のため』と称して起った将校たちが、その天皇自身から『国賊』ときめつけられるようになったこと、はじめは彼らを『蹶起部隊』とよんでむしろ称賛していた陸軍の指導者たちが、後には『反乱軍』とよんで弾圧にでようとしたことから、私は実に強い印象をうけた。反乱軍の将校に同情したのではなく、反乱軍の将校が裏切られたということのなかに、政治的な権力というものの言語道断な冷酷さを見たのである。政治に近寄るべからず。そこでは誠意が裏切られ、理想主義が利用され、役にたたなくなれば昨日の忠誠が今日の謀反とされるだろう。」 
「学問や文芸や思想の商品化がなにを意味するか・・文章の商品化、商業的な新聞や雑誌を通じての大衆らとの接触、従って政治権力の介入、同時に新聞雑誌の自己検閲とそれに伴う大衆の嗜好の変化、その大衆の変化への新聞雑誌の側からの適応、その全体を包む時代の流行に従わないことによって文筆業者が感じるだろう生活上の脅威、又それに従うことによって感じるだろう自己の立場の正当化の必要・・」
『『国民精神総動員』は農村では成功しなかった。』
仏文研究室出入りの頃「しかし私が一番強い影響をうけたのは。・・渡辺一夫助教授からであった・・そのみにくさの一切のさらけ出された中で、生きながら、同時にそのことの意味を、より大きな世界と歴史のなかで、見定めようとしていたのであり、自分自身と周囲を、内側からと同時に外側から、『天狼星の高みから』さえも、眺めようとしていたのであろう。」   「医者の世界は・・確かな事実にもとづいて結論できることだけを結論し、検証できないすべての判断を疑う・・・要するに私は状況が、当方の思惑や感情とは関係なく、発展するだろう、といっていたにすぎないか゜、そんなことでみずから興奮するはずがなかった。おそらく私は島に送られた青年たちが殺されることを考え、戦争をあらためて呪い、戦争宣伝とそれを受けいれた社会に、怒っていたのであろう。私自身は医局でーつまり安全なところで、働いていて、しかもそのことに一種の後ろめたさを感じていた。それだけ私の怒りは激しくならざるをえなかったのかもしれない。」
「政府は『一億総ざんげ』という言葉をおもいついて宣伝していたが、誰もざんげしてはいなかったし・・・『戦後の虚脱状態』と言う文句も使われていた。・・東京の市民はむしろ不屈の生活力に溢れていた。・・『虚脱』していたのは、戦争を賛美した言論界の指導者たちであったかもしれないが、闇屋でも、闇米で儲けていた農家の人々でもなかったろう。」  「・・子煩悩の中年の男の顔は、昨日悪魔であったかもしれないその男が、今日は善良な人間であり、明日また悪魔にもなり得るだろうという考えと共に、私には不可解な怪物のようにみえてきた。・・そもそも1人の男について、その性の善悪を問うよりは、多くの人間を悪魔にもし、善良にもする社会の全体、その歴史と構造について考えた方がよかろうという考えに、私はそのとき到達したように思う。・・どんな人間でも悪魔ではないのだから、私は死刑に反対し、戦争はどんな人間でも悪魔にするのだから、私は戦争に反対する。」   「もちろん『ファッシズム』に抵抗する文学を、日本の文学者がつくり出さず、フランスの文学者がつくり出したのは、そもそも日本の文学者の周囲に、反『ファッシズム』の国民感情がなく、フランスの文学者の周囲に、それがあったからであろう。」 「やがて私は、フランスの文化の中世以来連続して今日に到っている事情は、日本の文化が鎌倉時代以来連続して今日に及んでいる事情に似ていると考えるようになった。」パリ在住の彫刻家、高田博厚氏が言うように「文化とは『形』 であり、『形』 とは外在化された精神であって、精神は自己を外在化することにより、またそのことのみによって、自己を実現できるものだということ。・・・私は、フランスにおいて、歴史的な芸術がその重要な一部分として知的世界の全体に密接に組み込まれている社会を見たのである。」
「・・私はまた周囲の社会に何がおこりつつあるかを知りたいと思っていた。太平洋戦争の間日本国に暮らしながら、私が政府の宣伝に迷わされることがなかったのは、実際におこりつつあることを知っていたからでなく、知らなくても容易に見破れるほど、宣伝が自己矛盾にみちていたからである。・・近代の歴史の流れからみて、その流れの方向に逆らおうとする者はほろびるだろうと信じていたからである。」  「たとえどうにもならないことであるにしても、・・ぼくはぼくの生涯に決定的な影響をあたえたし、またあたえることのできるだろう現象を、知りたいし、見きわめたいと思う。」「・・私は物理的にそれが不可能でないかぎり、私自身を決定する条件を知らなければならない。歴史、文化、政治―それらの言葉に、私にとっての意味をあたえるためには、私自身がそれらの言葉とその背景とにつき合ってみるほかない。」  そして医者を辞めた。

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【山好き、旅好きの団塊世代日記】 当ブログは2007/1/29に運営開始いたしました!





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プロフィール

高田 学

Author:高田 学
少年時代は海と戯れ鎌倉育ち、故郷を離れ北海道で学業。その後東京にて工務店経営。
環境(省エネ)には特に詳しい。廃業後自由人。

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